文鳥のご用命は田中鳥獣店へ

 ​​は~るばる来たぜ、イっドガヤ~!
 と、京急井土ヶ谷駅に降り立った、としたかったのだが、現実は、手前の南太田で急行と特急の待ち合わせで8分停車すると言われた途端に下車して、事実上運河の大岡川沿いをテクテク歩いたので、井土ヶ谷駅には達していない。かくて、鶴巻橋の田中鳥獣店に到着したのは、開店時間の午前9時を15分ほど過ぎたあたりと心得られたい。
 何をしに行ったのか?それは文鳥を買うために決まっている。現在、「ごま塩ちゃん」を探しており、私の理屈では、江戸発祥の潜性白因子は、横浜を通じて輸出されており、その末裔は輸出港横浜の周辺に所在する繁殖家に種鳥として受け継がれたため、地域的に潜性白文鳥や「ごま塩ちゃん」に出会う可能性が高かった、という推論に達したのだ。ところが、文鳥の飼育数が減り、行政による馬鹿げた法運用もあって、老舗の小鳥屋さんが姿を消していく今日、そこに卸していたであろう潜性白文鳥(私は関東系とか台湾系と呼んでいたが、ウケが良さそうなので「江戸系」と呼ぶことにする)を種鳥とする地域の繁殖家も静かに廃業していったはずで、気づけば絶滅危惧種になっても不思議はないことに気付いた。となれば、まだ営業している老舗に「ごま塩ちゃん」がいれば、確保しなければなるまい。
 何しろ、「東京では地子地子と申しまして、当地で出来た鳥を貴びますが、之は一に差餌鳥を恐れる結果でありまして、名古屋方面からの移入物を警戒する所以であります」と大正時代の飼育書にあって、その筆者は差し餌を受けた鳥は子育てが下手と断定し、それ故に東京の繁殖家が名古屋つまり弥富系の白文鳥を嫌うと見なしている。つまり、弥富系を入れたがらない繁殖文化があったわけで、それこそ潜性白文鳥を種鳥にしていた証拠と見なしえると思う。のである。
 なぜ東京の繁殖家は弥富系を排除しようとしたのか、その理由は子育ての上手下手ではあるまい。もし本当に下手なら、弥富の文鳥生産が隆盛するはずがないのだ。これは、おそらく江戸系と弥富系の実際の繁殖で不都合が生じたからだろう。
 江戸系の白文鳥の遺伝子は、潜性の白文鳥因子を2つ持っている。一方弥富系の白文鳥は顕性の白文鳥因子と有色因子を持っている。それぞれの関係は顕性白因子>潜性白因子=有色因子だ。もし潜性白文鳥同士を種鳥としている繁殖家が、「異血導入」などと言い出して、弥富系の白文鳥を仕入れたらどのような結果になるか?こうなるのである。
江戸系白文鳥(潜白・潜白)×弥富系白文鳥(顕白・有色)=白文鳥(潜白・顕白)2羽・「ごま塩ちゃん」(潜白・有色)2羽
 つまり、白と白の組み合わせなのに、半分は「ごま塩ちゃん」が誕生するので、白白では白しか生まれないと思っている東京の繁殖家には、甚だ不都合な結果になるわけだ。当時は白文鳥が格段に高価で、その誕生が望まれたのに、半分が何だかごま塩ちゃん?ではお気に召さないだろう。
 ともあれ、欲しいのは「ごま塩」ちゃんと、サイとタッチはメスの気配濃厚なので、婿候補のオスの白文鳥、ついでに白文鳥のヒナ・・・。都合良くいるだろうか・・・。
 ​店内は文鳥だらけ​であった。幼稚園児の頃から知っている店だが、これほど文鳥率が高い状態は記憶にない。そして、「ごま塩ちゃん」も4羽ほどいた。いないと思っていたら普通にいたので拍子抜けしたが、朝駆けした甲斐があったというものだ。さて、「ごま塩ちゃん」な外見の2羽は、ともにメスに見えたが、この際性別は無視して買うことにする。白文鳥も、1羽さえずっているのを見つけ、それを買うことにする。・・・他にもいろいろいる。桜、シナモン、シルバーはわけても大量にいる。これを真剣に見て回ったら1時間は必要だ。とりわけ、「このシナモンほっぺが茶色い。頬黒ならぬ頬茶だ~!」で、ものすごく買いたかったのだが、オスのシナモンは余っていてオスかメスか見分けるために粘る時間がなかったので(さえずるまで待つ)、あきらめた。
 白文鳥のヒナは今日の夕方入荷予定で、今いる1羽は(桜文鳥のヒナは十羽くらいいた)、予約済みと10数年ぶりに会った店主(正確に言えばアクア担当が店主らしい)が言っていたので(向こうが私を常連として認識しているかはわからない)、遠いので夕方に再び来るのは無理だから、と言ったら、予約の方は夕方入荷に差し替えて、こちらに回してくれた。断る理由がないので、その子も連れて行くことにして、用意していた魚籠(ビク。中に牧草を敷いて、外側に携帯カイロをはっている)に入れてもらった。「ごま塩ちゃん」2羽と白文鳥1羽も容器(プラスチックの小さなマス箱)に入れてもらい、総額22,600円だったっけ?であった。
 出身は案外に静岡県と告知された。静岡県と言えば、文鳥その他を大規模繁殖されているところの産出だろうが、あそこは弥富の文鳥生産農家から技術移転なり真似をして浜松(浜北地区)で盛んに繁殖された末裔かと思うので、白文鳥の種鳥は弥富系のはずだ。となれば、「ごま塩ちゃん」は生まれないはずだが・・・。どこかで何かの錯誤がありそうだが、おそらく真相はわからないので、とりあえず気にしないでおこう。目の前にごま塩姿の文鳥がいる。となれば、潜性白文鳥の遺伝子を内在しているはず、それで十分だ。

 時間の余裕のある時に、今度はシナモンとシルバーを買いあさりに来たいものだ、と思いつつ外に出た。そして、京急はせわしく鬱陶しいので、蒔田(まいた)から地下鉄で横浜駅に出ることにして、駅へ向かう。懐かしい通りの神社前を通り、その杉山神社は私がバスで通った幼稚園が境内にあったのだが、その建物が無くなっているのに気づいた。「よこはまの、みなとのみなみ、ようこそ杉山幼稚園」などと歌った記憶を残して風に消えたか。それにしても、この狭い土地に幼稚園があったとは、と妙に感心しつつ、お賽銭箱に百円玉を放って一瞬手を合わせてさっさと駅への階段を下りた。​

 横浜から東海道線で上野、上野から京浜東北線で王子、王子から地下鉄で新井宿、そしてチャリンコで正午前に帰り着いた。13時前後に、文鳥を売る予約があったのだが余裕である。
 今のところ、みな問題なし。大集団から1羽になったヒナはさびしそうなので、病気の気配がないのを確認し2回目の差しえから、ウチの桜っ子と合流した。
 名前は、とりあえず白♂は「タナカ」・・・は、いろいろ知り合いにいるので、「タナ」で普段は「タナピィ」と呼ぼうかな。他は追々考えよう。

 と言うわけで、文鳥の、集団で恐ろしいほど元気なヒナが欲しければ、ご用命は田中鳥獣店へ。居残りして人慣れした大量の成鳥を買うなら、ご用命は田中鳥獣店へ。創業昭和11年(1936年)、昔ながらの懐かしい小鳥屋さんを感じたい、懐かしみたい、たっくさん文鳥がいれば幸せな、あなた、そしてあなたとあなた、ご用命は田中鳥獣店へ。現在は、何しろ数で圧倒されるだろう。
 ただし、衛生面で期待してはいけない。今どきの価値観を押し付ければ、古いものは楽しめない。そういうものだ、と寛容に思えるなら、片道2時間など指呼の間だ。自動車なら高速道路に近いのでごく至便だろう。


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