無理であり「無利」でない

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相変わらず無理するイブ
 
 オリンピックを「人質」にしても、誰も認めてはくれず、結局、辞めろ辞めろの大合唱で、舛添さんはお辞めになった。続けようとする方が、無理、むしろ無茶だろう。この間、舛添さんを擁護した人は、私の知る限り、昔、自民党の幹事長をされていた「毒まんじゅ~」の野中広務さんくらいなものだが(インタビュー記事)、それはご自分がフランス料理をおごってもらったのが理由で、他人が聞けば、たんに自民党の要職にあった人に、あのケチンボが媚を売っただけ、個人的な利益享受の経験をひけらかされても、共感を呼ぶのは無理だろう。その他には、今朝の産経新聞の朝刊で、作家の曽野綾子さんが、都知事がファーストクラスやスイートルームを利用するのは当たり前で、「政治家には、教養がいる」ので美術関連の支出もまた当然、それより議会が空転する方が無駄遣いだ。といったご感想をお書きになっていたのが目を引く程度だ。
 曽野さんのご意見は、野中さんの個人的な話に比べれば、もちろん一理ありそうだが、それは経済合理性のみ、金勘定の上でより優れた「一利」に過ぎまい。都知事は直接選挙で選ばれる人気商売であり、そもそも政治家の本質は、大昔からサービス業であり、金勘定だけでは済まない。人気商売である限り、せこく意地汚くさもしい、などと見られたら、それだけで終了なのである(アメリカの大統領選を見ればわかるはず。あの国の場合、「チキン」と見なされたら、即、終了である)。
 第一に、教養は自分を磨くためにあるべきもので、そうした自己修養の結果としての教養を備えているからこそ、我々日々の生活に追われるばかりで教養とは縁遠い凡人から尊敬され、政務を託されもし、外国の要人と教養のある会話も交わせるものと思う。初めから、政治のツールとする目的だけで、身銭を切らずにする教養漁りなど、動機が不純であり、そのような者にまともな教養は備わるはずもない。その好例が、今回お一人露顕したわけである。
 野中さんの実に素直な経験談も、曽野さんの多分にわざとらしい問題提起も、結局、舛添さんが、「利」ばかりで「理」をわきまえなかったことを示しているように、私には思えた。
 
 それはさておき、舛添さんのお顔に飽き飽きした私は、容器に乗れずに無理な姿勢で食べるイブを見ながら、国産ペレット『プロバード』が小サイズのみになってしまった、という今日知った衝撃の事実を考えていた。
 「やっぱ、売れねーのよ!」と地金そのままに独りごちつつ(主食としての普段遣いとしてなら、大サイズ【と言ってもたったの500g】を残すはずである)、早い話が、一般的には必要ないものを普及させるのは無理なのだ、と思った。自分の周りしか知らず、小型の飼鳥用ペレットは少なくなるばかりの現実をわきまえず(一昔前はアメリカ産もより多く入手できた)、あたかも文鳥にペレットを主食として与えることが当たり前のように書いている、飼育書の著者たちのズレた感覚には、むしろ感心させられよう。
 文鳥にとっては、雑穀の混合飼料がより自然な主食で、副食を用意すれば栄養上の問題は起きないので、ペレットは普及しないのである。 それは、かなり昔に、朝食にアメリカ風のコーンフレークを普及させようとしたが、結局、ごく少数派に過ぎないのと、似たようなものかと思う。
 しかし、ペレットそのものが、悪いわけではない。雑穀・青菜・ボレー粉その他、の伝統食が、あまりにも健康的にすぎるだけだ。 ここでより、ペレット派を増やすには、「ヒナにはパウダーフードをあげましょう!」などと面倒なことを言わず、ヒナへの差し餌にペレットを使えば良いのだ、と私は思う。と言うより、どうしてそのように薦めないのか、大いに不思議である。
 親鳥にペレットを与えていれば、ヒナもそれを食べて育つのだから、わざわざ別途ヒナ用のパウダーフードを買うことはあるまい。ペレットをお湯でも水でも浸して、すりこ木などで数回押しつぶせば、あっという間にパウダーフード同様の状態になるではないか(↓ラウディブッシュのフレークタイプ)。それで育ったヒナには、そのままペレットを与えれば良いので、無駄がない。
 自分でこの方法を検証する気は無いが、どのように考えても問題あるまい。ペレットを愛用する人は、やはり、ペレットでの差し餌を実践し、他人に推奨すべきだと思う。
 
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