原発事故の日は312では?

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なぞ?の物体と格闘するサカ坊
 
 嫌な個人的経験は、忘れられるものなら忘れるべきで、それが自然で、当たり前だと信じている。いつまでも嫌なことを鮮明に記憶し続けようとするなど、正気のさたとは思えぬ『マゾ』行為で、そもそもが不可能なので、虚しさばかりが募ってしまうだろうとも思う。忘れようにも忘れられなく思えることでも、忘れない内容は変わってくるのが、人間という生き物の本質で、そうでなければ、人間として生きるのは不可能だ。
 と、この日のニュース番組などを見ていると、言いたくなる。また、311、3月11日は、ワールドクラスの大地震により、未曾有の大津波が、東日本の太平洋側を広範囲に襲い、万余の犠牲者を出してしまった、天災が起きた日なので、その犠牲者を追悼するのは当然のことながら、それと二次災害の原発事故の被害を並べられると、違和感を覚える。
 原発も津波をかぶって電源の供給を断たれたために、事故を起こすことになったが、住民たちから居住する権利を奪うことになる放射性物質が空中にまき散らかされることになったのは、翌12日からである。当時、追い詰められらネズ公のような怯えた目をして自分の不安を紛らすためか周囲に当たり散らしていたらしい挙動不審のマヌケバカのカンからカンが、天災への対応そっちのけに、事故対応継続中の現場に、わざわざヘリコプター行って、現場を呆れ返らせて帰った後に、原子炉の保全のため中の空気を外部に放出したのが12日、さらに建屋の屋根が水素爆発で吹き飛んだのも同日のことだ。
 11日と12日をしっかり分けて、11日は、静かに追悼してはいかがかと思う。
 
 さて、↑は産座用の敷物(ワラジー)のニューバージョンが、「巣草」とされるパーム椰子を束ねたロープ製になっていたので、テキトーに切って、文鳥たちに提供しているものである。
 残念ながら、今のところ我が家の文鳥たちの評価は低く、イトはんだけが喜び、サカ坊がちょっかいを出す程度だ。もう少し細いほうが良いのだろうか?難しいものだ。

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