ドイツの国営放送(ZDF)が、今回の原発事故に関して日本政府などの情報隠匿を批判する内容の番組を、先月末(8月26日)に放映したそうです。一部で話題になっていたので、私も拝見しました(修正前のバージョンで見たのですが、ジャーナリストの上杉氏が修正してくださっているので、そちらをご紹介します【上杉氏のブログ】。オリジナルには、番組冒頭などに衝撃的な原発建屋の爆発シーンがあり、その映像の著作権が福島のテレビ局にあったことから、ZDFの無断使用が問題となっていたようです)。ドイツ語はまるでわからないので、字幕を通して内容を把握したつもりになっただけですが、報道番組として見る限り、私には感心出来ない内容でした。
番組では、原発から80km以上離れた「本宮」の農家が登場しています。この「本宮」が福島県本宮市でしたら、事故原発から80kmは離れていません。市の中心部まで60km未満、最も遠い西端でも65km程度ではないかと思います。直線距離ではなく自動車での移動距離でしょうか・・・。この程度の間違いはご愛嬌として、次に環境保護団体グリーンピースが、事故原発から55kmまでの海で魚を捕獲したところ、半分が食用の基準値500ベクレルを上回っていたと、紹介されている部分に驚かされました。数値に驚いたのではありません。放送内容からは、55kmとはどういった地点かわからず、調査時期もわからず、放射性物質の内容もわからず、捕った魚の種類もわからず、検査機関もわからない、わからないことづくめなので驚いたのです。
この時点で、個人的には、対岸の火事以外の何物でもないドイツのテレビ局が、我が国のNHKの『クローズアップ現代』くらいの感覚で作った番組なのだろう、と推測し、取るに足らないと判断しましたが、せっかくなので、さらに検証してみましょう(簡単に信じて「政府は情報を秘匿している!」とか「外国のほうが正しい情報を提供してくれる!」などと不特定多数に向かって主張する以前に、情報は自分の頭でで検証しないといけません)。
グリーンピースのサイトで確認すれば、その調査に用いた魚が、7月22~24日にかけて、福島県いわき市の小名浜港の沿岸で「漁港の堤防などで趣味で釣りをされている方々や漁業関係者から提供」されたものだとわかります(詳細PDF)。サンプルは8つだけです。そのうちの4つ(確かに半分ですが・・・)、アイナメとクロメバルから500Bq/kg以上の放射性セシウムが検出されています。具体的には、625Bq/kgアイナメ、671Bq/kgアイナメ、749Bq/kgアイナメ、1053Bq/kgクロメバルです。
たった1地点の、それも湾内の沿岸魚のみのシンプルな調査結果であっても、無意味とは思いませんが、それほど大した意味をもたせるのにも無理があるとも思います。「釣り好きの人は、少し注意しましょう」程度を注意喚起する根拠にする程度のものだと思うのです。何しろ、最高でも、流通できる基準(500Bq/kg)の2倍程度に過ぎません。この基準というのは、それを含むものを毎日食べ続けたら問題になる(かもしれない)量に過ぎず、当然急性の症状など起こす量ではないので(例の「食べてもただちに健康に影響はない」というやつです)、釣り好きが週末に釣って食べたところで、他は基準値以下のものを食べている限り、特に問題にはならないはずです。
そもそも、アイナメやクロメバルといった魚は、都会のスーパーではあまり見ないものと思われます。これらは沿岸の浅い海の底に棲息する魚です。従って、おそらく4月頃、海に高濃度放射能汚染水が流れ出て沿岸部を南下し、福島から北茨城沿岸の海面近くに漂っているコウナゴ類に放射性物質が多く検出され問題になった際(4/15産経)、その汚染された海流が湾内に入り込みセシウムが沈殿した結果(地上の吹き溜まりにセシウムが高濃度のピンポイントになっているのと同じ)、湾内の浅い海底に住むアイナメやクロメバルが最も影響を受け、セシウムなどが体内に残ってしまっているのではないか、といった推定も可能でしょう。
つまり、4月頃に、かわいそうなアイナメ君やクロメバルちゃんは、馬鹿な人間たちのせいで「被曝」し、放射性物質を体内に取り込んでしまったため、『身』から高濃度に検出されるのでしょう。一方の『内蔵』からは『身』の半分以下になっているのを見れば、新たに体内に取り込む量が少なくなっているとの推定も可能かもしれません。もちろん、湾内の海底の汚染には大した変化はなく、体内濃縮しているだけとも考えられますが、今回のグリーンピースによる海藻の調査でも、5月の第1回に比して7月の第2回の放射性物質含有量が格段に減っていることを援用すれば、やはり海底の汚染も浄化されつつあると見なしたほうが自然ではないかと思われます。
従って、この調査結果は、悲観する材料にはならないかもしれません。むしろ、着実に汚染度が下がっていることを示しているとも見なせますし、汚染度が高そうな浅い海底に住む普通は食べられない魚でこの程度なら、普通にスーパーに並んでいて、ずっと沖合で捕れるサンマやイワシやサバは、日本政府が調査し公表している魚介類の検出結果通りに、よりずっと汚染されておらず安全なのだろう、と推測する根拠にもなりそうです。実際、おそらく外洋を回遊し河川を遡上するために湾内に紛れ込んでいたところを釣られてしまい、グリーンピースの貴重な検体となったサクラマスに含まれていた放射性セシウムは、沿岸の浅い海底に定住しているアイナメなどよりずっと汚染度の低い、『身』で172Bq/kgとなっているのです。外海の魚の汚染度は、推して知るべしでしょう(この団体の主張する捕れた場所の表記はかなり難しいでしょう。沿岸から離れた場所を〇〇県沖とは表現できないです)。
再び「本宮」の農家の件に戻ります。その農家が作った野菜の放射性物質濃度の検査を求めたところ拒否されたので、「市民放射能測定所」に依頼したところ、「汚染の無い作物はない。特にセシウム137がひど」かったとし、「こんな汚染数値の場所は本当は絶対避難するべきです」と、ずいぶん重大なことを言い切るのですが、具体的にどういった検出結果だったのか『公表』してくれません。そして、なぜか「原発から60キロ離れた伊達市のシイタケからは、1キロ当たり7000ベクレルの汚染が測定された」として、また、いろいろ寄り道した後に、今度は「自費で独立の研究所に検査をしてもらったら3万5千Bq/kgのセシウム137が検出された。基準値の7倍だ。米作りは諦めた」との「本宮」の農家のコメントが現れます。
なぜ、伊達市のシイタケが突如登場するのか、その論証の流れは理解不能です。7000ベクレルとはどのように調べた結果なのか、番組だけ見ても皆目見当がつきません。同市などのシイタケは、4月に基準値を超えて露地物が出荷停止となり、7月にはハウス栽培でも出荷停止となりましたが、伊達市のセシウムの数値はともに千数百といったところです(各種新聞記事をお調べください。誰も隠していませんよ?)。誠に遺憾ながら、どのような検体を使用しているのか不明な私的団体の検査よりも、公的機関の測定結果を信頼するのが普通の感覚だろうと思います。例えば、出荷できないのでそのまま野ざらしにしていた原木に生えているシイタケを今測定すれば、7000でもそれ以上にでもなって不思議はないように思いますが、出荷される心配のないものを測定しても、高い数値が出たと危機感を煽る以外の意味はないのではないかと思います。
次に「本宮」の水田で測定されたという3万5千Bq/kgですが、これは確かに少々高い数値です。先ごろの政府調査の結果(朝日新聞・詳細は文科省PDF資料)と比較すると・・・、と、これは1平方メートル辺りの数値ではありませんか!また換算ですか・・・。1平方メートルの地面を5センチ削って測定したとされているので、1リットル1キロとすれば、50kgなので50倍して、175万Bq/m2となるかと思います。本宮市は6~60万Bq/m2の地域ですから、周囲と比較してだいたい3倍以上の数値と言えそうです。これは、その農地に特殊な事情があるのか、サンプルの取り方に問題があるのか、何らかの数値の誤解(単位の間違いなど)か、政府がすべての観測ポイントの検査結果を捏造しているか、製作者サイドの作為か、などなど、いろいろ理由が考えられそうですが、とりあえず、既にしっかりとした調査結果がある以上、ひとつだけの証言を素直に事実として認めることは出来ません。
そもそも、この農家の水田は2回行政側の検査を受けたようで、「最初の検査は合格したが、二度目の結果は公表されない」ので、民間で調べたところ3万5千Bq/kgとなったとし、あたかも検査に作為があるような印象を与えていますが、私はそれを事実とした上で、異なる経緯を推測します。1回目は作付出来るかどうかの検査なので合否判定が伝えられ、2回目は文部科学省の土壌汚染地図作成のためのサンプリングとすれば、結果がまとまるまで個別には「公表」しないのが当然だと思うのです。何のための調査なのか、当事者にしっかり説明されていなかった可能性を疑わせますが、ここから隠蔽的なものを感じ取るのは疑心暗鬼ではないでしょうか。第一、隠して得することなど何もないです。隠蔽して作付けし、結果食用基準以上のセシウムを含むお米が収穫され、検査で分かってしまえば(検査は民間機関でも行われる可能性があります)、その人の収穫したお米だけではなく、その地域、さらには県単位、より広域の不買につながってしまいますから、むしろ作付け基準値以上の場所では、絶対に作付けさせないように当局は行動するのが必然なのです。
魯鈍な政府の発表を鵜呑みにせず、上杉さんのように果敢に取材するのは、とても有意義なことですが、情報が錯綜する中で、情報の受け手である我々庶民は、そうした政府への懐疑についても検討の対象とできるくらいのゆとりを持ちたいところかと思います。
【付記9/3】
私は日本政府にはその場をごまかそうとすることはあっても、隠匿するだけの能力はないと思っています。情報を完全に掌握し秘匿出来るほどの、少数精鋭の組織があったら、むしろ頼もしいくらいでしょう。
『政府の汚染隠蔽』といったひとつの結論を持ってしまうと、一見それを裏付けような証拠ばかりを求めてしまいがちです。しかし、それは、社会心理学で確証バイアスと呼ぶ現象で、賢い人ほど陥りやすい誤りです。隠蔽もひとつの可能性として疑うべきですが、その証拠ばかり探すと全体的に見た場合のバランスを欠くことになります。
疑心暗鬼の確証バイアスに囚われ、身も心もくたびれないように、気を付けたいものだと思います。
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