ノロ逝去

夫を亡くした文鳥(コウ)
夫に先立たれたコウ

 15時頃、ノロが底の隅で丸くなっているので、とりあえず湯漬けエサでも食べてもらおうと取り出す。しかし、既に力がだいぶ弱り、下クチバシが一部青紫になっていて、食べることは出来ず、飲み込むのも喜ばない状態であった。
 老衰症状の末のことでもあり、これはもういけないと考え、つぼ巣に戻してやった。そして18時40分少し早めに夜の放鳥を開始し、恐る恐るつぼ巣に手を入れるとまだ動いていた。取り出すが、すでに行きも絶え絶えと言って良い。せっかくなので、騒々しいところでと手に包んで連れ出したが、完全な手乗りではないので手の中にいることにやや抵抗しつつ、暖かいためか離れようともしない微妙な態度をとる。血色は今までで最高に良いくらいだが、体温は低く体は硬直し、目を開けるのもつらそうだ。
 19時、掃除をしなければならないので、家人の手にノロを委ねる。十分後死亡を告げられる。クチバシを少し開き目を開けた状態でたたずむように亡くなっていた。

 2001年12月にゴミ貯めのようなお店のカゴからつれてきた時は、チビで猫背で羽毛が煤けて、まったく風采が上がらず、目もいつも眠たげで、行動はトロくさかった。非手乗りのはずだが、お店で餌づけされた売れ残りだったのか、当初から人間を恐れず、むしろ、文鳥に相手にされず飛ぶのも下手なので、人間を頼るような態度を取った。
 ちろっと振り向きざまの横顔で人の顔を見る姿が印象的であった。
 その後、ずいぶん運動能力も向上し、先妻ナツと、後妻コウと仲良く暮らし、子孫も残し、最近はだんだん衰えていたが、それでも昨夜は枝豆やみかんや湯漬けエサを食べ散らしていた。
 我が家で8年近く。よく頑張ってくれたと褒めたい。

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