大きさや寿命も文鳥のありがたさ

介護される文鳥(オッキ)
手の中のオッキ

 十数年前、ちょうど初代のヘイスケを飼い始めてしばらくした頃、14齢だった愛犬の脚に腫瘍が出来、それが膿瘍状態になり、毎日包帯を取替える必要が生じ、さらに潰瘍が熱を持つので保冷材で冷やすようになった。腫瘍は内臓に転移しているはずで、手の施しようがないだろうと獣医さんに言われ、よほど苦しそうなら安楽死も考えないといけないと覚悟していた。しかし、なかなか決心できないもので、最期に近づき歩行も困難になると、その外飼いの中型犬を持ち上げて外に連れて行き、小便をさせたものだった(家の中ではしたがらないのだ)。
 それに比べれば。今現在のオッキにしろ、文鳥の介護は楽だ。何しろ小さい。介護の際の気苦労の大きさは、文鳥の飼い主が犬の飼い主に劣るはずはないが、必要とする労力は圧倒的に軽くて済む。この大きさの違いは絶対的で、何しろ糞尿の量からしてお話にならないほど少なくて済むし、さらに文鳥ならフンの質的にも悪臭がほとんど無いので扱いやすい。ペットも高年齢化し、亡くなる時には飼い主の介護を必要とすることが多くなっている現在、超軽量の文鳥はありがたい存在なのだ。
 手のり文鳥は、飼い主を仲間とも伴侶とも思い親しくしてくれる。頭の良し悪しの基準は難しいが、非科学的で幼稚な先入観(鳥は頭が悪い・小さければ知能も低い)を持たず、まともな観察力があれば、犬より頭が悪いと簡単に結論付けられないほど、豊かな感情を持った生き物だ。25g程度の大きさで10年近くも生きることも多く、それが千円単位で簡単に買えてしまうのだから、恐るべきコストパフォーマンスだと思わないほうがどうかしている。

 さらに、我が家のミシシッピアカミミガメの世話をするたびに、文鳥が人間と暮らすのに何と適した生き物かといつも感心している。何しろこのアカミミガメのカメ子は、2.2kgもある凶暴な肉食動物で、呆れるばかりの大食漢であり、大量にばらまく糞尿によって、水はすぐに汚れ果て悪臭を放つのだ。水を取り替えるのは面倒だし、喜怒哀楽に乏しく見ていてつまらない(個人的な趣味の問題。家族が買って来てしまい、面倒が見られないので面倒を見ているといった不幸な感覚しかない)。
 さらに恐ろしいことには、このカメ、寿命が30年ほどだと言うのだ。正直言って、勘弁して欲しい。こういった生き物を、気軽に売るべきではなかろう。将来のことなど不確定に決まっているが、ペットを飼うなりコンパニオンアニマルと生活する際は、その生き物の最期まで面倒を見る覚悟をしなければならないはずで、一体、何十年も寿命を保つ生き物の最期を見届けられると確信出来る人が、どれほどいるものだろうか?
 文鳥にせよ、犬にせよ、少しでも長く生きて欲しい、出来ればいつまでも生きて欲しいと思うのが普通の感覚だろう。しかし、現実問題としては、やはり数年、十数年で亡くなる方が安心出来る。文鳥の平均寿命10年未満。それも、ありがたい事だと思いたい。

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